在所探訪

「初孫」の東北銘醸(酒田市)

2019年07月29日

全量生酛(きもと)造りで、IWC2018 最優秀酒蔵賞を受賞

2018年7月に英国ロンドンで行われた世界最大規模の酒類品評会「インターナショナルワインチャレンジ(IWC)」のアワードセレモニーで、「初孫」の東北銘醸(酒田市、佐藤淳司社長)が、SAKE(日本酒)部門の「サケ・ブリュワリー・オブ・ザ・イヤー」(年間最優秀酒蔵賞)を獲得し、地元の酒造りのレベルの高さを証明、関係者のみならず、地元の日本酒ファンをも喜ばせた。同社が看板に掲げる「全量生酛(きもと)造り」を中心に、同社の酒づくりのこだわりを紹介する。

◆史上初! 6部門で金メダルを獲得
IWCの日本酒部門は2007年に創設され、今回の本コンクールは2018年5月、山形市で開かれた。国内外の456蔵元から1,639銘柄が出品され、9部門で金、銀、銅の各メダルが選ばれた。金メダルは全銘柄のわずか約5%だけに与えられる栄誉で、本県関係では17銘柄が獲得し、5年連続で全国最多となった。うち庄内関係は東北銘醸が6銘柄、麓井酒造(酒田市)が2銘柄、竹の露(鶴岡市)が1銘柄。さらに本醸造部門で東北銘醸の「初孫 伝承生もと」、純米吟醸部門で麓井酒造の「フモトヰ純米吟醸山田錦」が、各部門の金メダル受賞酒の中で最も優れた1品に贈られる「トロフィー」を獲得し、地元の酒造りのレベルの高さを強く印象付けた。
東北銘醸は、9部門のうち8部門に出品。そのうち普通酒の「初孫 港月 生詰」、本醸造の「初孫 伝承生もと」、純米酒の「初孫 出羽の里 純米酒」、純米吟醸の「初孫 いなほ 生詰」、純米大吟醸の「初孫 雪女神」、古酒の「初孫 純米大古酒」の6銘柄が金メダル、大吟醸の「初孫 大吟醸斗瓶囲」が銀メダル、スパークリングの「初孫 美泡純吟」が銅メダルをそれぞれ獲得。さらに「伝承生もと」がトロフィー、「出羽の里」は地域トロフィー「山形トロフィー」を獲得した。1年に1酒蔵が6部門で金メダルを獲得した例はなく、史上初の快挙となった。
年間最優秀酒蔵賞は、そうした前例のない傑出した成績と、その土台にある優れた酒造技術が認められたものだ。

ゴールドを受賞した6銘柄

◆IWCに高く評価された全量生酛
「全量生酛造りにこだわっているのは、家族経営などの小さな酒蔵を除き、全国で恐らくうちだけ。IWCの評価も、生酛造りの特長が前面に出た結果だと思う」。そう語るのは、東北銘醸取締役製造部長の後藤英之さん(61)だ。
生酛造りについて、後藤さんは「酒の元になる酛(もと、酒母)を作る時、空気中にある天然の乳酸菌を呼び込み、それが生み出す乳酸の力で雑菌の繁殖を抑え、酵母(こうぼ)を安全、かつ確実に増やす伝統技術です」と説明する。
日本酒づくりでは、麹(こうじ)菌の働きで米のでんぷんを糖に分解する「糖化」と、酵母菌の働きでその糖をアルコールに変える「アルコール発酵」が同時進行する。大まかな工程としては、容量300リットル前後のタンクに米麹(米に麹菌を付けて発酵させたもの)と蒸し米、水を混ぜてすりおろしたものを入れ、さらに酵母を加え、酵母を高濃度に培養した「酛」を作る。数千リットル単位のより大きな醸造用タンクにこの酛と蒸し米、水を加えて発酵させ、酵母菌を増やしながら全体の量を増やすことを3回繰り返す。発酵が終わったこの「醪(もろみ)」を搾ると、清酒になる。
酛を作る時、雑菌が繁殖すると、品質の良い酒ができない。それを防ぐため、現在、多くの蔵元では工業的に作られた乳酸を加えて雑菌を殺す。こうして作る酛を「速醸(そくじょう)酛」という。これに対し生酛は、空気中にある天然の乳酸菌を呼び込んで乳酸を増やし、雑菌を殺し、そうしてできた〝更地〟のようなきれいな環境下で酵母を増やしていく伝統技術だ。
まず、蒸し米と米麹、水を混ぜてすりおろしたものをタンクに入れ、温度を7度ほどに保つと、天然の硝酸還元菌が増え、それが生み出す亜硝酸の力で雑菌が死んでいくが、〝悪玉菌〟の産膜酵母や野生酵母はまだ死なない。しかし、乳酸菌が徐々に増えると、乳酸の力で産膜酵母や野生酵母、そして硝酸還元菌も死ぬ。こうして雑菌類がいなくなると、それまで亜硝酸などの力で抑え込まれていた酵母の活動が活発化して増え、今度はアルコールの力で乳酸菌も死に、最後に残った酵母だけが純粋培養されていく。かつては酵母も天然ものを使っていたが、現在は、雑菌がいなくなった時点で、選抜・培養された専用の酵母を入れる。速醸酛が2週間ほどでできるのに対し、生酛はその前に乳酸菌を増やす工程があるため、4週間ほどと、2倍の手間が掛かる。
後藤部長は、硝酸還元菌と乳酸菌、酵母の関係を「織田信長が死んだ後に豊臣秀吉が一時的に天下人になるが、最後は徳川家康が天下統一する感じ」と説明する。生酛造りの技術が確立したのは江戸時代で、職人たちは目に見えない菌類の攻防戦を経験と勘を頼りに捉え、巧みに制御していた。

こうじ蓋を数時間間隔で入れ換えて発酵を均一に整える

◆風土が育てる酒造り
東北銘醸は1893(明治26)年、酒田市本町で創業し、約100年後の1994(平成6)年、現在の同市十里塚に移転した。移転前は20年以上、十里塚の地下水を本町に運び、試験醸造を繰り返し、良質な酒ができることを入念に確認したという。
後藤部長は「本町と十里塚は海岸線に近く、地下水の性質が似ている上、十里塚は昔から杜氏を輩出してきた地域ということもあった。本町時代は速醸酛を試したこともあったが、生酛は倍の手間が掛かっても酒の味にコクと奥行きが出て、後味もすっきりするので、十里塚に移ってからは『全量生酛造り』にし、以来、それにこだわって造り続けている」という。
最近の研究で、生酛造りは天然の菌類が攻防を繰り広げる過程で、ペプチド類(うま味成分のアミノ酸が結合したもの)をたくさん生み出し、これが酒の味に独特の深みを与えることが分かってきたという。
後藤部長は「日本酒はそれだけで飲むことは少なく、料理を食べながら飲むのが普通。地元のさまざまな料理との相性を追究してきた結果が、生酛造りへのこだわりになった。いわば、この土地の風土がうちの酒を育てたとも言える」とする。
欧米ではワインの延長で、日本以上に料理と酒の相性を重視する。「IWCでは、ワイングラスに入れ、振って香りを立たせてテイスティングしていたので、いかに酒が力と奥深さを持っているかが問われた。そうした審査だったからこそ、生酛造りの奥深い味わいが前面に出た。コンクール用でなく、地元の人たちが普段飲んでいる酒が評価され、地元の人たちに喜んでもらっているのもうれしい」と喜びを語る。
今後については「IWCで評価され、われわれが培ってきた技術が世界に通用すると再確認できた。生酛造りの技に一層の磨きを掛け、乾杯用発泡酒などさまざまなタイプの酒を造り、庄内から日本酒の魅力を世界に発信したい」と語った。
今回の受賞酒は既にイタリアやドイツなど海外への輸出が始まっている。これまでIWC受賞酒が各国大使館で使われてきた経緯から、今期の新酒が出回る今後は、そうした注文も増えていくとみられている。

酒母室

(リードを含む記事は2019年1月1日付『荘内日報』より)